とも。
2012 / 11 / 21 ( Wed )
3y2m3d

今日は、往復150kmも車を走らせて
1年半ぶりに一番の親友の家に行きました。

電話もメールもお互い殆どすることがないけれど
ちっとも変わらずに会話が出来るから凄い。

まるで昨日も話したかのように。

ふみろんが誕生したことも年賀状で知って連絡をくれた友。

お赤飯を炊いて祝ってくれたことは一生忘れない。

会うごとに
お互いのシワが増えていく事が可笑しくてたまらない。

息詰って話したくなって訪問したのに
彼女の顔を見たら
話すことをいっぺんに忘れてしまった。

一気に楽になった。

何があったか一切聞こうとしない友。

言わなくても伝わったのでしょう。


彼女はいつだって助けてくれました。

学生時代

20歳の誕生日は、一番難関の実習中だった私。

実習終了後のレポートに追われて帰宅することが出来ず(みんな帰宅できない程過酷でした)
病院の看護婦寮で朝方まで書き上げて提出して、そのまま実習みたいな2週間を過ごしていました。

近くのコンビにへおにぎりを購入しに行く時間も惜しいくらい時間に追われていました。
(この時期、1日は何で24時間しかないんだろう。時間が足らないと思っていました)

食欲もなくなり唯一食べれたのが・・・(1週間で2kg痩せました。)

コアラのマーチでした。(ちなみに私のあだ名は、コアラでした。笑)

私の学校は、県立だったので付属の病院がありません。
教科によって、グループによって実習病院がバラバラでした。

彼女も違う教科の実習中で大変だったのに
私がいた実習先はかなり遠かったのに

夜中にサプライズで来てくれて
ドライブに連れ出してくれました。

何処を、どの位走行したのかは思い出そうとしても記憶が飛んでしまって分らないけれど
(この時期は、過酷すぎて記憶が残っていません。というか、消去したのかもしれません)

一番大変な時だったので辛くて彼女の前でおもいっきり泣いたと思います。

この息抜きで実習を乗り越えることができました。


講義の出席の代返を同級生に託して一緒にバックレて遊んだり


サーフィンに行こうと約束をして最寄の駅前で早朝待っていたけど
時間が過ぎても来なくて実家に電話をしたらお父さんが出て
「娘の言づけですが、必ず行くので待っていて下さい」と言われて
結局、2時間も待たされたのでした。携帯がある時代だったらよかったけど。。。



彼女と卒業旅行に行こうと計画をしていたのに
私の卒業論文がOKをもらえず行くことが出来なくなってしまって(超厳しい教授でした)
当日キャンセルという最悪な事態をひき起こして
彼女一人、ヨーロッパに行かせることになってしまったこと。
今では笑い話になったけれど・・・


他にも色々とあったけど

多忙すぎて
最長5年くらい連絡をとらずにいた時期もあったけど
お互い変わらない友と思っていました。

彼女が2人を出産した時、

妊娠していることも知らなかったけど

何か感が騒いで自宅に久々に電話して
出産したことを聞きつけすぐにお見舞いに行ったら
びっくりしていたね。


彼女が大事故に遭った時も。
病院にお見舞いに行ったら腰を抜かしていたっけ。


細くて見えない糸だけど
確実につながっているのでしょう。


人当たりがよく
とにかく要領が抜群に良い彼女。

不器用な私からすれば
スーパーウーマン!


家事をこなし

2人の子供を育てて

大学病院でバリバリ働いている。

登山、スキー、ロッククライミングを趣味にしている彼女は

かっこいい。


いつもありがとう。

親友。


帰り道。zzzzz.....


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